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「明治維新という過ち」 NO.2  廃仏毀釈と日本人

~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト~
「明治維新という過ち」
NO.2
という長州テロリストによって作られた国家の真実を述べようとした本です。

第一章
「明治維新」というウソ
廃仏毀釈と日本人

(前略)

誰もが学校の歴史の時間に習ったはずの、この「廃仏毀釈」とは、俗にいう「明治維新」の動乱の中で、明治元年に長州・薩摩を中心とする新政権の打ち出した思想政策によって惹き起こされた仏教施設への無差別な、また無分別な攻撃、破壊活動のことを指す。

これによって、日本全国で奈良朝以来の夥しい数の貴重な仏像、仏具、寺院が破壊され、僧侶は激しい弾圧を受け、還俗を強制されたりした。

ひと言でいえば、長州・薩摩という新権力による千年以上の永きにわたって創り上げられた固有の伝統文化の破壊活動である。

現代のイスラム原理主義勢力・タリバーンや「イスラム国」を思えば分かり易いであろう。

発端は、新政権が出した太政官布告『神仏分離令』と明治三年に出された『大教宣布』 にある。

学者は、これ自体が直接仏教排斥を指示したり、煽ったりしていないとするが、それは文章面のことであって当たり前である。

これを後ろ盾として、仏教弾圧の嵐が吹き荒れたことは否定のしょうもないことなのだ。

私ども大和民族は、それまで千年以上にわたって「神仏習合」という形で穏やかな宗教秩序を維持してきた。

平たくいえば、神社には仏様も祀って別け隔てなく敬ってきたのである。

これは、極めて濃厚にアジア的多元主義を具現する習俗であったといえる。

それをいきなり廃止せよと命じ、神社から仏教的要素を徹底的に排斥することを推進し、ご神体に仏像を使用することも禁止したのである。
(憲法を無視した集団的自衛権行使を強行採決した政権党と同じだ。=筆者)

これが、全国的に大々的な廃仏運動を燃え盛らせたのだ (平成日本人は、「神仏習合」が大和的な、大らかで自然な姿であったことも知らなくなっている)。

今、近代と呼ばれる世界は一元主義によって行き詰まりにきている。

長州・薩摩権力が一転して狂ったようにかぶれた西欧文明はまもなく確実に終焉を迎えるであろうが、それは言葉を換えれば一元主義の破綻といっていい。

もともと大和民族は、多元主義的な生態を維持してきた故に、多少の混乱期を経験しながらも長期的には平穏な生存空間を、政治的な版図を超越して維持してきたのである。

単に島国であったから、という地勢的な理由だけに頼るのは余りにも稚拙というものであろう。

ところが、長州・薩摩の下層階級が最初にかぶれた思想とは実に浅薄なもので、単純な平田派国学を旗印に掲げ、神道国教・祭政一致を唱えたのである。

これは、大和民族にとっては明白に反自然的な一元主義である。
ここへ国学の亜流のような「水戸学」が重なり、もともと潜在的に討幕の意思をもち続けてきた長州・薩摩勢力がこれにかぶれ、事の成就する段階に差しかかって高揚する気分のままに気狂い状態に陥ってしまったのだ。

水戸と水戸学の狂気については、別に一章を設けて整理したい。
こういう現象は、革命期にはよくあることではある。
とはいえ、神政政治を目指す、神道を国教とする、仏教はそもそも外来のものである、すべてを「復古」させるべきだというのだから、これはもうヒステリー状態に陥ったというべきであろう。

では、どこへ 「復古」させるのが「正しい」 のか……当然、五世紀以前ということになる。

そもそも長州・薩摩は、徳川政権を倒すために天皇を利用しようとしたに過ぎない

そのために「尊皇壊夷」という大義名分が必要となった。
これは、どこまでも「大義名分」に過ぎない。
長州・薩摩が純粋に「尊皇」精神をもっていたかとなると、幕末動乱期の行動、手法が明白に示す通り、そういう精神は微塵ももち合わせていない。

「尊皇壊夷」を便法として喚き続けているうちに本当に気狂いを起こし、「王政復古」を唱え、何でもかでも「復古」「復古」となり、大和朝廷時代が本来のあるべき姿であるとなってしまった。

その結果、寺を壊せ、仏像を壊せ、経典を焼け、坊主を成敗せよ、となってしまったのである。

この「廃仏毀釈」を単なる民衆の行き過ぎた一時的なムーブメントとし、新政権の方針とは全く無関係であると学者はいい続けてきたが、それは違う。

新政権政府は、僧侶に対して『肉食妻帯勝手なるべし』 と、わざわざ命令している。

僧侶に戒律を犯させ、仏法の教えにいうところの「破戒」をさせようと企図したことは明白である。
凡そ政治施策を推進する上で、こういう手法は実に知性、品性に欠ける下劣な手法であるといわざるを得ない。

このようにして、俗にいう「明治維新」という動乱期に、日本の伝統文化・芸術の根幹を担ってきた日本の仏教は、宗教としても文化的価値としても徹底的に弾圧されたのである。

奈良・興福寺や内山永久寺の惨状は、中でも筆舌に尽くし難い。
興福寺だけで二千体以上の歴史を刻んできた仏像が、破壊されたり、焼かれたりしたことが分かっている。

僧侶は、ほとんど全員が神官に、文字通り〝衣替え〞したり、還俗することを強要された。
経典は、町方で包装紙として使われるというゴミ同然の扱いを受け、五重塔は二十五円(一説には十円) で売りに出された。
薪にするために売りに出されたのである。

多くの宝物は、混乱に乗じた略奪等によって散逸し、二束三文で町方に出回ったのである。

因みに、現在の奈良ホテルや奈良公園は、当時の興福寺の敷地内である。

興福寺と共に我が国四大寺の一つという格式を誇った内山永久寺に至っては、更に酷いもので、徹底的に破壊され尽くし、今やその痕跡さえみられない。

姿を残していないのだ。=の世から抹殺されてしまったのである。「廃仏毀釈」とは、それほど醜い仏教文化のせん滅運動であった。

「復古」「復古」と喚いて、激しく「尊皇壊夷」を口先だけで主張し、幕府にその実行を迫ってテロを繰り広げた長州・薩摩人は、このように古来の仏教文化でさえ「外来」であるとして排斥したのだが、政権を奪うや否や一転して極端な西欧崇拝に走った。

「尊皇壌夷」式にスローガンとしていうならば、今日からは「脱亜入欧」だと豹変したのである(後に福澤諭吉が唱えた「脱亜入欧」は、経緯、主旨が異なる)。

明治九年に新政権政府がドイツから招いたベルツ博士が日記を残している。
いわゆる『ベルツ日記』であるが、これは数多く存在する往時を伝える貴重な資料の一つである。

ベルツは日記に日く、『日本人は、自分たちの過去=歴史を恥じている。また、日本には歴史なんかありません、これから始まるのです、という』

ベルツ自身は、日本女性と結婚し、二十一年間も日本に滞在した知日家・親日家であるが、そういうヨーロッパ人が驚くほど日本人が日本的なるものを根底から否定し、自らを卑下していたのである。

驚くほど全く同じょうに、朝日新聞を知的基準とする「戦後知識人」といわれる層や、私が『原田伊織の晴耕雨読な日々』 (毎日ワンズ刊) で規定した「ユーミン世代」と
いわれる世代も、全く同様のメンタリティをもっている。

自分たちの過去、その直近である江戸期社会とは、国際的にみても真に高度な独自の文明システムを創り上げた社会として、近年になってようやく内外の一群の学者たちによって「江戸システム」として研究・分析され、人類史的にみても驚くべき高度な社会システムであったとして評価されるようになってきた。

ベルツが接した日本人の多くは、「成り上がり」といっていい当時の新しい上流階級、即ち長州・薩摩人や長州・薩摩に与(くみ)した勢力の新興階級である。

豊かな教養環境とはほど遠い下層階級から政治闘争(実際には過激なテロ活動)に身を投じた彼らは、俄か仕立ての水戸学だけを頼りに「大和への復古」を唱えて「廃仏毀釈」という徹底した日本文化の破壊を行った挙句に、今度は一転して「脱亜入欧」に精魂を傾けたのである。

これほど激しい豹変を、それも昨日と今日の価値観が逆転するといった具合に短期間に行った民族というものも珍しい。

どちらの態度も、己のアイデンティティを破壊することに益するだけであることに、彼ら自身が気づいていなかったのである。

日本人は、テンション民族だといわれる
いわゆる「明治維新」時と大東亜戦争敗戦時に、この特性が顕著に顕れた。

その悪しき性癖は、今もそのまま治癒することなく慢性病として日本社会を左右するほど悪化していることに気づく人は少ない。

奈良・興福寺の仏像修復に精魂を傾けたのは誰か。

彼の努力がなかったら、今日私たちは興福寺で仏像を鑑賞することができないのである。

それは、文部官僚岡倉天心である。

彼が、長州人を中心とした西欧絶対主義者たちによって職を追われたことと、それにも拘わらずその後も彼が地道に仏像修復に当たらなかったら、今日の興福寺さえ存在していなかったことを、私たちは肌身に刷り込んで知っておくべきであろう。


このときの「廃仏毀釈」は、今の安倍政権が狂ったように「新・安保法」を成立させたことと酷似している。(筆者)



転載元: country-gentleman

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