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これは朝日新聞のスクープです。~ 【『吉田調書』 福島原発事故、吉田昌郎所長の語ったもの 】

これは朝日新聞の凄いスクープです。

この事実を国が3年間公表していなかったことが何よりひどいと思います。こうやって報道されても、いまだに「非公開・ノーコメント」の態度を貫いています。このような、国家に対して国民は本気で怒らないといけないこです。

たぶん、朝日新聞に情報提供した人は、正義感と怒りにかられての行動だったんでしょうね。
このことで、自分の職が終わる事を覚悟しているのだと思います。勇気ある行動です。
恐ろしい話です。こんな人たちに原発を任せていたなんて・・。
あとからあとから、ボロボロと、こんなことがわかってくる事実。
よくもまあ原発再稼働なんて言えたものです。

これは朝日新聞のスクープです。きちんと読んで、怒りを込めて拡散して、多くの人に知らさせべきです。
これを見れば驚きの事実が克明に書いてあります。
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【『吉田調書』 福島原発事故、吉田昌郎所長の語ったもの 】 


プロローグ
 朝日新聞は、東日本大震災発生時の東京電力福島第一原子力発電所所長、吉田昌郎氏が政府事故調の調べに対して答えた「聴取結果書」を入手した。レベル7の大災害を起こした福島第一原発の最高責任者であり、事故収束作業の指揮官であった吉田氏の唯一無二の公式な調書である。吉田氏は事故について報道機関にほとんど語らないまま2013年7月に死去した。調書も非公開とされ、政府内にひっそり埋もれていた。

福島第一原発の免震重要棟で、報道陣の質問に答える吉田昌郎所長(中央)=2011年11月12日

 

28時間、400ページ

 吉田調書は全7編で構成されている。総文字数はおよそ50万字。A4判で四百数十ページに上る分量になる。吉田氏への聴き取りは13回中11回が福島第一原発から南へ20km離れたサッカー施設 J-VILLAGE JFAアカデミーのミーティングルームで、残る2回が吉田氏の仕事場である福島第一原発免震重要棟でおこなわれた。
 政府事故調は772人から計1479時間にわたって聴き取りをおこなった。吉田調書はその一環で作成された。対象1人当たりの平均聴取時間は2時間弱。吉田氏への聴取時間は28時間あまりで、あの瞬間、どう行動し、何を考えていたかまで聴き取った。畑村洋太郎・政府事故調委員長は、ほかに吉田氏の公式の調書がないことから「貴重な歴史的資料」と呼んだ。

怒り、苦悩、分別

 吉田調書の特徴は「吉田氏の言いっぱなしになっていない」点にある。政府事故調は聴き取りを始めるにあたり、「後々の人たちがこの経験を生かすことができるような、そういう知識をつくりたいと思って、それを目標にしてやろうとしています」「責任追及とか、そういうことは目的にしていません」と趣旨説明をした。だが、聴取は決して生ぬるいものではなかった。それは吉田氏への聴取が政府事故調事務局に出向した検事主導でおこなわれたからである。調書は微妙な言い回しも細かく書き起こされている。

一方、吉田氏のほうも、聴き取りに真剣に応じている様子が調書の文面からうかがえる。調書には、吉田氏が「ここだけは一番思い出したくない」と苦しい胸の内を明かすように話す場面がある。震災当時の社長の清水正孝氏を「あの人」と呼んだり、菅直人氏や原子力安全委員長の班目春樹氏を「おっさん」呼ばわりしたりして、怒りをぶちまけながら話をする場面もある。全編を通して感情を包み隠さず答えていることから、全体として本音で語っていると感じられる。
吉田氏は、事実と心情や思いとは分けて話そうと努めている。また、事故発生時の認識と、その後に得た情報を加味した自身の考えは分けて話すよう努める様子もうかがえる。
 

未曽有の多重災害

 福島原発事故は、複数の原発が同時にやられるという人類が経験したことがない多重災害だった。最初に、注水が止まっているのを見逃された1号機が大地震発生の翌日の12日午後に水素爆発。続いて3号機が注水に失敗し14日午前に爆発。その影響で2号機が格納容器の圧力を抑えられない事態に陥り、15日に今回の事故で最高濃度の放射性物質を陸上部分にまき散らした。同日は4号機も爆発。核燃料プールの水が抜けることが懸念された。もしそうなっていればさらに多くの放射性物質がまき散らされるところだった。
3号機が爆発したときのやりとり。東電テレビ会議の音声から
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過ちは生かされたか

 政府事故調の最終報告の欠点は、原発の暴走を止めるのは人であり、原発被害から住民を救うのも人であるのに、当時のそれぞれの組織の長、首相、経済産業大臣、原子力安全・保安院長、原子力安全委員会委員長、東電社長、そして福島第一原発の所長の行動・判断を一つひとつ検証しなかったことだ。772人もの関係者から聴き取りをおこなったのに、「個人の責任を追及しない」との方針を掲げたため、事故の本質に深く切りこめなかった。政府や電力会社がいま、再稼働に向け、防潮堤のかさ上げやフィルターベントの取り付けなど設備の増強に走るのは、政府事故調が分析・検証を現象面にとどめたからと言っても過言でない。

未曽有の原子力事故に立ち向かった人間の声は、歴史に刻まなければならない。歴史は人類共通の財産である。第1回の聴取の際、政府事故調は「お話しいただいた言葉がほぼそのままの形で公にされる可能性があるということをお含みいただいて、それでこのヒアリングに応じていただきたいと思います」と説明した。吉田氏は「結構でございます」と即答したことをここに記す。(宮崎知己)
 
 

写真|爆発の翌日、白いもや状のものを噴き出す福島第一原発3号機=2011年3月15日、東京電力撮影
 

全9回で報告

 朝日新聞デジタルでは20日から、今回入手した調書を分析・検証した特集企画「吉田調書 福島第一原発事故、吉田昌郎所長の語ったもの」を配信していきます。政府事故調が吉田氏から聴取しながら報告書ではほとんど言及しなかった「人の行動、判断」の部分に焦点をあて、「原発は誰が止めるか」「住民は避難できるか」「ヒトが止められるか」を考えます。調書の分析・検証にあたっては、東電テレビ会議録、時系列表、および別途入手した東電の内部資料を読み込み、各方面を取材しました。20日付の朝日新聞朝刊では、吉田調書でわかった新事実を報道する予定です。
 

今後のラインアップ(予定)

第1章 原発は誰が止めるか


  •  
    1. フクシマ・フィフティーの真相「非常事態だと私は判断して、一回退避しろと」

  •  
     
    2. ここだけは思い出したくない「チャイナシンドローム…ああいう状況になってしまう」

  •  
     
    3. 誰も助けに来なかった「ものすごい恨みつらみが残っていますから」

第2章 住民は避難できるか


  •  
     
    1. 広報などは知りません「プレスをするか、しないか、勝手にやってくれ」

  •  
     
    2. 真水か海水か「あの、もう、水がさ、なくなったからさ」

第3章 ヒトが止められるか

 


 


 
 暴走する原発を止める責務はいったい誰が負っているのか。
その人間はいよいよ原発が破裂しそうになったときは逃げてもよいのか。
原発の挙動を知ることができない都道府県知事任せで住民はうまく避難できるのか。
そもそも人間に暴走を始めた原発を止める能力はあるのか。
事故収束作業における自らの行動、判断を反省も交えて語った福島第一原発の事故時の所長、吉田昌郎。
  吉田の言葉を知ると、ことの真相を知ろうとせず、大事なことを決めず、再び原発を動かそうとすることがいかに大きな過ちであるかに気付く。
 東日本大震災発生から4日目の2011年3月15日午前6時15分ごろ、東京電力福島第一原発の免震重要棟2階にある緊急時対策室。所長の吉田昌郎が指揮をとる円卓に、現場から二つの重大な報告がほぼ同時に上がってきた。

2号機の「サプチャン」すなわち原子炉の格納容器下部・圧力抑制室の圧力がゼロになったという知らせと、爆発音がしたという話だった。
――― 2号機とは限らないんですが、3月15日の6時から6時10分ころ、その前後の話なんですが、このとき、一つは2号機の圧力抑制室の圧力が急激に低下してゼロになる。それから、このころ、何か。
吉田「爆発音ですね」
――― 音があったと。これは免震重要棟から聞こえたり、感じたりしましたか。衝撃なり音なりというのを。
吉田「免震重要棟には来ていないんです。思い出すと、この日の朝、菅総理が本店に来られるということでテレビ会議を通じて本店とつないでいたんです。我々は免震重要棟の中でテレビ会議を見ながらということでおったら、中操から、あのとき、中操にたまたま行っていたのかよくわからないですけれども、その辺は発電班の班長に聞いてもらった方が、記憶にないんですけれども、要するに、パラメーターがゼロになったという情報と、ぽんという音がしたという情報が入ってきたんですね。免震重要棟の本部席に」

「私がまず思ったのは、そのときはまだドライウェル圧力はあったんです。ドライウェル圧力が残っていたから、普通で考えますと、ドライウェル圧力がまだ残っていて、サプチャンがゼロというのは考えられないんです。ただ、最悪、ドライウェルの圧力が全然信用できないとすると、サプチャンの圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるわけです。

ですから保守的に考えて、これは格納容器が破損した可能性があるということで、ぼんという音が何がしかの破壊をされたのかということで、確認は不十分だったんですが、それを前提に非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転にかかわる人間と保修の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した」


写真|第一原発の免震重要棟にある緊急対策室。左奥にテレビ会議のモニターが見える。室内の放射線量を抑えるため、窓は鉛で覆ったという=2011年4月1日撮影、東電提供
 
 「1F」すなわち福島第一原発では、2号機の暴走を抑えようと懸命の努力が続けられていた。2号機は前日14日昼以降、状態が急激に悪くなっていた。
特に原子炉格納容器の圧力上昇への対応は急を要していた。なんとか「ベント」という格納容器の中の気体を外に放出する操作をやって、破裂をふせぎたい。さらに、圧力容器の圧力を下げたうえで消防車を使って炉に水を注ぎ込み、核燃料を冷やしたい。

15日午前1時すぎ、ベントがうまくいって、原子炉への注水もできたようだという知らせがきた。だが、およそ2時間後の午前3時12分にはこれを打ち消すような知らせが現場から上がってきた。「炉への注水はできてないと推測している」。1、2号機の中央制御室「中操」で運転員を束ねる当直長からだった。
炉に水が入らない状態が続くと、中の核燃料が、自ら発する高熱でどろどろになって溶け落ちる。さらに手をこまねいていると、原子炉圧力容器の鋼鉄製の壁を、続いて格納容器のやはり鋼鉄製の分厚い壁を突き破り、我々の生活環境に出てきてしまう。

――「保守的に考えて、これは格納容器が破損した可能性がある」
 そんな懸念が持ち上がる状況のもとに飛び込んできた圧力ゼロと爆発音という二つの重大報告。これらが、2号機の格納容器が破壊されたのではないかという話に結びつけられるのは当然の成りゆきだった。
格納容器が破れると、目と鼻の先にいる福島第一原発の所員720人の大量被曝はさけられない。「2F」すなわち福島第二原発へ行こうという話が飛び出した。



ーー以下詳細は下記URLに飛んでご覧くださいーー


転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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[ 2014/05/21 21:52 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)

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