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「事実」よりも,「思い込み」の力をあなどってはいけない

category - 若者
2014/ 12/ 21
                 

                                                     Found on piccsy.com
 
「理性」とは何だろう?
実のところ「理性」は「理想」であって、私たち人間に機能しているとは言い難い。
 
 
人間はいったんこうと決めたら最後、どんなに情報を提供されても翻意しない。むしろ、自分の行動を正当化する理由をつぎつぎ列挙していく。その百の「言い訳」を作る想像力のすごさは感嘆するほどだ。
 
 
――「正当化」とは、自分を納得させるための嘘――
 
 
身近な例に「たばこを吸う」という行為がある。たばこは誰もが健康上良くないと知っている。だが、この事実を元に「意見」されたら、かならず自分はニコチン依存症ではない、やめようと思えばいつでもやめられるといい訳する。いい訳を誰も信じないが、唯一、当の本人は信じ切っているのだ。
 
 
 
――予言がはずれた教祖の教団は、信者がさらに深く組織に傾倒してゆく――
 
 
 
カルト集団では世界終末の予言がされることが多い。○○年○月○日、世界は終わるというような予言だ。
それを信じる信者はその日をカウントダウンし、教祖にしがみつきながら戦々恐々と過ごしている。
○○年○月○日とはっきり宣言するわけで、実際、その日がやって来て、予言が成就されるか、もしくは、されないかは明白となる。
 
 
教祖の予言は大抵「ハズれる」が、だからと言って教祖は見捨てられ、信者に呆れられ、そっぽを向かれるかといえば、まるきり逆なのである。
教団の信者は数人をのぞいて、ほぼ全員が教団に踏みとどまる。そして
 
 
驚くべきことに、より熱心に布教活動を始めるようになり、街で勧誘までするようになり、新たなメンバーを獲得に精を出すのだ。
 
 
――脳は「相容れないふたつのアイデア」の矛盾を修正しようとする――
 
 
教団の最も熱心な信者であり地元の医者でもある人物はこう語った。
「私はほとんど何もかも捨てた。すべての関係を絶ち、すべての橋を焼き払った。いまでは世界に背を向けている。
だから疑っている余裕なんかない。信じるしかないんだ
 
 
これを心理学では「認知的不協和音」と呼んでいる。脳は「考え」の矛盾を嫌うのである。
 
 
だから喫煙者は、ニコチンは知的活動を刺激する効果がある。スリムになれるという情報だけを取り入れることを好む。そして逆の考え、肺ガンは無視する。
 
検察官が無実の人を有罪に仕立て上げるのも、けっかく容疑者を確保したのだから、なんとしてでも有罪にしたいと、無実を裏付ける情報を捨て去り、有罪になりそうな情報だけに目を向けるようになる。
 
――有害な習慣を正当化する気持ちは、極端になると、ちょっとでも批判的な人や物事を全面的に拒むようになる。――
 
 
そして、このような有害な行動は、批判的な人を遠ざけ関わりを絶つ。
たとえば薬物常習者は自分と同じ常習者としかつき合わない。仲間は行動を修正しようとしたり批判したりしないからだ。
 
 
――怒りをぶつけて相手を困らせたと思えば、さらに相手を憎み自分のひどい仕打ちを正当化する――
 
 
よく、意味もなく思春期の若者が大人に反抗的な態度を取ることがあるが、そのような行動で相手を困らせたという認識はある。おまけに、それは良くないことだという認識もある。この事実と行なった行為の矛盾を脳は解消するために、自分を正当化しなければならい。
そこで脳は「相手のほうがひどいやつで、自分を怒らせる原因を作った」という理屈を作り出すのだ。
 
 
――「思い込み」は防御反応で「都合の悪い状況をわざと忘れ」ることによって痛みやストレスを回避している――
 
 
すべての子供が自分は平均以上だと思い込み、専門科の94パーセントが自分は専門分野で上位半分の評価を受けていると信じている。
 
私たちは自分の考えこそが「正しい」と思い込んでいるので、常に「否定」と「正当化」で現実を置き換えようとするのだ。
 
 
あなたは感じたことがないだろうか? 身近なひとに悩み事を相談される。あなたにとっては、その解決策はいたって簡単だ。「そんなひどいヤツとは別れなよ」。だが、その解決策が承認されることは、ほとんどない。
きっと相談した相手は言うだろう「そこまでひどいヤツじゃないのよ」
 
相談者に求められているものとは「否定」や「批判」ではない。「承認」なのだ。
 
 
 
~参考文献~クール革命・ティナ・ローゼンバーグ著


転載元: あなたの知らない視点で語りたい~詩 小説 エッセイ

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