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美しい音と世界・・・クラシック小品3曲~武田邦彦


 
 
美しい音と世界・・・クラシック小品3曲


先回、日本の歌を3つ上げたが、ヨーロッパで大きく花開いたいわゆる「クラシック」も音の美しさ、構想の大きさ、哲学性などで世界の音楽のトップクラスであることは間違いない。
 
音楽好きな私は歌謡曲、日本の歌、シャンソン、ジャズ・・・なんでもOKだが、やはり音楽性という点ではクラシックは人間の作品のうち、特に優れているように思う。その中でも比較的、軽い3曲を選んでみた。
 
まず、ベートーベンのピアノソナタ「月光」だ。緩やかな三連符で始まるこのソナタの第一楽章を聞いていると、木材で作られた部屋の中からガラスがはめられていない天井付近の小さな窓から月の光がこぼれてくる錯覚にとらわれる。
 
曲自体は後半にかけて激しい調子に代わっていくけれど、「この曲に感激しなくなったら自分の感性も終わりだな」と思うことがある。
 
2番目はショパンの「幻想即興曲」。この曲を最初に聞いた時の驚き、それは今からすでに50年ほど前になるけれど、心の底からびっくりした。なんという美しい曲か!なんという躍動感と寂しさだろう!
 
今ではやや複雑な気持ちで聞く。ショパンの音楽というのはやはり退廃したヨーロッパの味がする。貴族的退廃が悪いわけではないが、骨太の農民の歌と比べると、一面的な美しさだけのようにも感じられるからだ。
 
芸術は「お金持ち」がいなければならないから、現在でいうところの「搾取」がないとなかなか芸術が育たないというところが難しいが、パリに比べてお金持ちの貴族と中世さながらの農奴が混在していたロシアでは、また独特のクラシックが生まれている。
 
その旗手がチャイコフスキーだが、彼の音楽は私は実に奇妙だと思うことがある。重厚なメロディーが続いたと思ったら突如として軽く美しいリズムが刻まれる。その中でもバレエ組曲「くるみ割り人形」の「花のワルツ」ほど美しくおとぎ話そのもののメロディーはないと私は思う。
(花のワルツのアドレス)
 
 
この世に妖精の舞う天国があるとしたらこんな音楽が流れているのではないかと思うほどで、高校の頃、この曲をレコードで聞いた時の驚きを今でも覚えている。
 
美しい曲はそれだけで十分なのだが、なぜ20世紀になって「美しいクラシック曲」が作曲されなくなったのか、時々不思議に思う。音楽は作り手(作曲家)と聴き手がいないと成り立たないから、ベートーベンがいなくなったのか、それとも聴衆となっていた貴族がいないのか、それとも電子機器の発達で演奏会に行かなくても手軽に音楽を聴くことができるようになったからなのか、いつも考え込んでしまう。
 
すでに「月光」、「幻想即興曲」、そして「花のワルツ」を聞いて感激する人がいなくなったとも思えない。当時でもいわゆる歌謡曲やポップスのたぐいの俗曲はあったのだし、現在の私たちは当時の貴族とそれほど生活が違うわけでもない。
 
私は今、現代に作曲される曲で「一人の男性が歌う歌」を聞いたことがないぐらいだ。かつてのテノールのディスカウ、シャンソンのシナトラ、プレスリーに相当する歌手はいるように思うが、5人ぐらいの団体でダンスを伴わないと流行しない社会になっている。その理由はまたゆっくり正月にでも考えることにしたい。
 
(平成251223日)
 

武田邦彦


転載元: 天地の超常現象

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[ 2013/12/27 18:39 ] 哲学 | TB(0) | CM(0)

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