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神様も 天才も努力する

        この記事は ある人への強いメッセージでもあります
 
打撃の神様とも言われた川上氏 
   球が止まって見える とまで言い切った
               多くの名言を残していることでしょうが
   「これほどの努力を 他人は運という
数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した広中氏
   「広中平祐は 偉大な努力家です」     と自ら言う
 
この二つの言葉は とても強い意味を持っている そう感じます
 特に川上氏の言葉は オレはこんなにも苦しい努力をしてるのに 
    それは運だと世間は軽い言葉で言う
  この苦しみを 分からないのか 見てくれないのか!! 
 という ある意味 泣きの言葉であり 恨みの言葉なのです 
 とても人間的であり 人間としての 強さと弱さがにじみ出た 
                  言葉だと 私には映りました
 
ノーベル賞:数年に一度は日本人も受賞しています フィールズ賞はここ20-30年は日本人の受賞はない それほどの賞なのですから 氏が並みの天才でないことは明らかです その人が自分は努力家なんだと言うのです それなりに苦しみ 悩み 前に進んできたのだと言うのです
 
でもこのような立場にある人は 結果さえ出せば しかるべき機関がしかるべき評価を出してくれます  ノーベル賞をもらった益川氏が 
 ノーベル賞なんてもらっても嬉しくはない と言ったのは 
 すでに自分は学会で評価されている という意味もあるのです
 
でも きちんと評価をうけることのできない一般人では こんなことが 
・酒の席でしたが
 尊敬できる先輩が お前が開業する時 オレは心配だったんぞ
  私は 「トイレのスリッパが曲がっていれば 自分で直すんですよ」
 そんなのは 絶対に信じられない
       世間の評価なんてものは 所詮こんなものなのです
私は病院でやんちゃだった でも患者には真摯に向き合ってきたつもり)
 「開業は 客商売なので あたりまえのことです」
スリッパがいつもちらかっているような医院には行きたくはない というのは当然  
だから 私は院長であり 事務員であり 用務員・・・であるのです 
神経が細部まで行き届いていない医院 そこの医師もその程度だろう と感じるのは自然のことでしょう
このようなことなら 落ち込むことも全くない 
分かる人には分かるだろう 分からなければそれまでのこと
 
でも もっと強い人間関係のなか(職場 家庭内など)で自分の考えが理解されない 誤解されるの これは深刻な問題でもあり 辛いことです シンドイことです これが毎日続くのは耐え難いことになります
 
この処方箋を書ける能力は私にはありませんが
 自分のことを理解してくれる人はどこかにいるだろう
 自分の信念をまげるか否かをもう一度考える そしてその結論に従う
   それが正しいのか その結論は何十年後にでるのです その結論が   まちがっていたとしても それはそれで仕方のないことなのです  悩んだということに 深く考えたことに 何かの意味はあったんだろう         そう思うしかない
 
    大分麦焼酎のCM
    近道は遠回り 急ぐほどに足をとられる  
    初めと終わりを直線で結べない道が この世にはあります
               迷った道が 私の道です
   
 死んだ気になれば 何でもできる などと言う人もいますが アンタはホンマに死んだ気になったことはあるのですかと問いたい 
 
◎中坊公平の追悼記事のなかに
 「おれたちは 他人のトラブルを飯のたねにしている」と言っており自分の職業について悔いている部分もあった 新聞にしてこの論調なのです
 
私たち医師も おれたちは他人の不幸(病気)に付け込んでいるいるんや などと酒の席で言うこともあります  おれは多くの人を救っているな どと浮かれている医師よりはまともかしら
 
     自分らしくいきる 芸術家のお話
◎医師になりたてのころ ある上司にバカモノ!! と怒られたことがあ ります
  おれは進藤の為を思って叱ったんだ という言葉を他人を介して聞い  たのは何年か経ってからでした 嬉しかった


転載元: 進藤医師のブログ

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[ 2014/02/16 12:13 ] 家庭  | TB(0) | CM(0)

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